静かな筆致で描く心と“キス”。吉田秋生珠玉の名作『ラヴァーズ・キス』

漫画家・吉田秋生氏の代表作といえば、最近メディア化されたこともあり『BANANA FISH』が筆頭に挙がるのではないでしょうか。

ニューヨークを舞台にしたハードアクションです。

そちらで吉田氏の名前を知った、あるいは『BANANA FISH』ファンだという方、何ならすべての漫画好きにおススメしたいのが、氏のもうひとつの看板作品・『ラヴァーズ・キス』。

『BANANA FISH』とは全く異なるジャンルでありながら、芯にある繊細な心情表現は共通。 読む者の心に新たな風が吹く作品です!

舞台は鎌倉。高校生男女6人の恋物語

物語は、鎌倉に住む女子高生・里伽子が、「ろくでなし」と評される同学年・朋章に出会うシーンから始まります。

まずは里伽子にスポットを当てた後、朋章の後輩、さらにその後輩、里伽子の妹および親友へと、話は広がりを見せていきます。

男と女がちょうど3人ずつなので、男女3カップルの話かと捉えそうになりますが、異性ペアは1組しかいません。

メインキャラクター6人のうち4人は、同性に惹かれているのです。

しかし、この作品は「同性愛」には焦点を置いていません。

ただただシンプルに、男女の垣根を取り払い、「恋愛」として扱っています。

その懐の広さによって、読者もごく普通に彼らの恋心を受け入れることができるのです。

また、タイトルの「キス」はじめ、性的なシーンもあるのですが、それ自体にいやらしさ・下劣さを感じることはありません。

そういった場面に負の感情が見える場合、根元にある「心」「愛」の問題です。

触れ合うことは「愛の延長線上にあるもの」。

この作品は、それを静かに語っています。

派手な事件が起こるわけでもない、現実でもありそうな会話・やり取り。

それだけに、読者はキャラクター達をより身近に感じ、無意識に自分と重ね合わせ「あるある」と頷きます。

  • この日常感と、丁寧な心理描写、洗練されたモノローグとセリフ。
  • 度々感じる、純文学を読んでいるかのような静謐さ。
  • 舞台となる鎌倉もナチュラルに話に溶け込んでいます。
  • この物語は、鎌倉だったからこそ誕生したのです。
  • そして、タイトルにもなっているテーマ、“キス”。

恋の苦しみと幸せ、人の心の難しさを感じられるドラマです。

噛めば噛むほど味が出る。読み返さずにはいられない!

この本は、同じ時系列に起きた出来事を、メインキャラクター6人それぞれの視点・立場から描いています。

よって当然といえば当然なのですが、あらゆる所で「あの時はそうだったのか!」が出てきます。

とあるシーンにおいて「実はその場に〇〇もいた」という物理的なモノもあれば、「この時の××の行動動機はこうだった」「平静に見えて実際はこんなこと思ってた」など、心情面も。

例を1つ挙げると、前項で紹介した里伽子が、妹・依里子の友人(関西男児)と話す場面があります。

その際の姉妹のモノローグがこちら。

里伽子視点 関西系? 依里子のB・Fかな(^ ^)

依里子視点 男と見れば、やさしー声出しちゃって(`^´;)

同じシーンでも、当事者によってここまで受け止め方、印象が違う。

作中全土にこういった要素が散りばめられています。その数が、本当に多い。

セリフとセリフに挟まる「つなぎ」のカットや、さりげない背景にまで及んでいるので、何度読んでも新発見の嵐です。

「ここが繋がるのか!」「今思うとこういうことだったんだな」が止まらない。見飽きません。

主人公は6人なので最低でも6回違う視点で読めます。

そして恐らく、読み返したくなるのはそれ以上。

セリフの一字一句を暗記するまで読み込んでも、色褪せずに新たな側面を見せてくれる作品です。

異なる心と絡み合う関係。人間社会の高難度

この作品はあくまでラブストーリーですが、恋愛も含めた人の情・関係のややこしさも表した作品といえます。

まず、同じ出来事を多角度から描くことで、「人の心や物事の見え方はそれぞれ違う」という事実を再認識できます。

十人十色という言葉もある通り、この点を知識として知っている方は多いでしょう。

しかし、実感・体感の上で「理解」しているかどうかは、話が別ではないでしょうか。

本作は、読者を各キャラクターに没入させることで、それを疑似体験させてくれます。

「価値観は千差万別」言葉でそう教えられるよりもはるかに自然に、わかりやすく学習できる。

ある種、習うより慣れよ、の好例といえます。

加えて優れているのが、各々の行動が、周りに及ぼす影響を俯瞰できる点。

誰かの言葉や行動は、時に直接関係がない人にまで波紋を広げていきます。

それが何度も重なることで、人間関係はより複雑になっていく。

範囲を6人に絞ってもなかなかの響き具合です。

この作品では各自のアクションが良い結果を招くケースが多いですが、現実ではその逆もあるでしょう。

悪意がなかったとしても、影響し合いもつれ合った末、裏目に出るパターンもある。

人間関係において何らかのトラブルに遭った際、この漫画を読んだことがあれば、自ずと以下のように考えられるのではないでしょうか。

「人にはそれぞれ、思いや理由がある」

「絡まり合うと、誰に悪気がなくとも、まずい結果になることもある」

物事を客観視できる目を養うという意味でも、この漫画は逸物です。

まとめ『ラヴァーズ・キス』は幅広く勧められる良作

ここまで紹介してきた通り、『ラヴァーズ・キス』には様々な見どころが詰まっています。

  • 素敵な恋物語を読みたい → いうまでもなく!
  • サイドストーリーやスピンオフが好き → それらの塊のような構成です
  • 一味違う同性愛モノを読みたい → 昨今出ている作品とは一線を画す内容です
  • 深みのある話に会いたい → 恋愛に限定せず、人の「心」を描き出した奥深い作品です

上記にプラスして、冒頭にも書いた通り『BANANA FISH』で吉田氏を知った方にもご覧になっていただきたい漫画です。

作品自体の面白さもさることながら、別世界を描き分けるその手腕に唸ること間違いなし。

また、ストーリーだけではなく、絵柄も万人に受け入れられやすいのではないかと思います。

良くも悪くもシンプルなので、人を選びません。

「少女漫画の絵柄が苦手」という方、掲載誌こそ別冊少女コミックでしたが、そこで敬遠するのは勿体ないです。一度試し読みするだけでも!

読了の度に、言葉にしがたい感慨が溢れる。不朽の名作『ラヴァーズ・キス』。

感じた心そのままに、しばし浸っていたくなる作品です。

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