漫画や映画、小説等でも国や文化を問わず多くの人々にとって身近な飲み物であるコーヒーを題材にした作品はこれまでにも数多く生み出されてきましたが、当記事で書かれる漫画「珈琲をしづかに」もそのひとつです。
コーヒーを通してある男子高校生と年上の女性カフェマスターの恋と、周りのキャラクター達との人間模様のストーリーが上質のコーヒーのようにほんの少しのほろ苦さとともに優しく温かく、そして丁寧に描かれた素晴らしい作品です。
目次
大人だけれど、どこか幼さと寂しさを感じさせるヒロイン・紫都香(しづか)さん
もう高校三年生なのに背が小さく、子供に見られがちなことが悩みの主人公・波多野貴樹は友人とのおしゃべりをきっかけに、それまで通り過ぎるだけで入ったことのなかった近所のあるカフェに行きます。
その店のマスターがヒロインの紫都香(しづか)さんです。
貴樹は彼女を意識し始め店に通うようになり、紫都香さんや他の客と交流していくうちに少しずつ彼女のことを知りその魅力に惹かれていきます。
和服姿で落ち着いたたたずまいで店に立ちどんな客にも常に優しい笑顔で接して丁寧にコーヒーを淹れたり、自分の進路や状況に悩む貴樹に年上としてアドバイスをしたり小学生の女の子・さやなちゃんを優しく気遣ったりする等、大人の女性らしい雰囲気を感じさせます。
ですが貴樹を通じて近所のお婆さんからポップキャンディを受け取った時にはまるで少女のような幼い表情の笑顔を見せたり、子供の頃に両親が離婚し中学生で母親を亡くした時にカフェの先代マスターと知り合ったという辛い過去を背負っているためにどこか言動に寂しさや心許なさを見せたりと実際の年齢とのギャップを感じさせます。
それが普通の大人の女性ではない、紫都香さんの深みのあるキャラクターを表現して彼女の魅力につながっています。
周囲のキャラクターとともに丁寧に描かれるふたりの恋愛模様
そんな紫都香さんと彼女に惹かれていく貴樹の恋愛模様がストーリーの中心となりますが、それも一筋縄ではいきません。
まだ高校生でしかもまともな恋愛経験もない貴樹は八歳も年上の大人の女性である紫都香さんと自分の間の年齢的あるいは精神的なギャップに悩んだり、自分の気持ちが恋心ではなくただの大人の女性への憧れではないかと疑ったりします。
一方の紫都香さんもまっすぐで純粋な優しさを見せる貴樹に良い印象を持ちながらも、過去の経験が原因で「好き」という気持ちがよくわからなかったり自分への自信のなさからそれより先に踏み込んでいいのかと思い悩みます。
ですが、前述のさやなちゃんや妄想とコーヒーが好きな女子大生・保乃伽、優しく頼もしい貴樹の尊敬する兄の正樹に紫都香さんの高校時代のバイト仲間で彼女に思いを寄せていた健吾等の周囲のキャラクター達も物語にとって重要な存在となります。
ふたりがさやなちゃんや保乃伽とコーヒーや行事に関わる何気なくも楽しいやりとりをしたり、正樹が貴樹に人生の先輩として、健吾が自分の気持ちに自信を持てない紫都香さんにそれぞれ助言や提案をしたりします。
それらを通してふたりの間の近づいたり離れたりの気持ちの距離や動きが非常に丁寧に描かれていきます。
恋愛だけではない、人生の指針になりうる言葉の数々
恋愛ものとしても素晴らしいこの漫画ですが、魅力はそれだけではありません。
コーヒーをただ苦いだけとしか思えなかった昔の貴樹が、正樹に「経験を積めば苦みも美味しさに変わったりする」と言われた時は最初は首をひねるだけでしたが、
バレー部を中学一年から六年間続けた経験と紫都香さん達とのやりとりを通してその言葉の意味を少しながら理解します。
また、紫都香さんにとっては実の親以上の存在ともいえる先代マスターは家で倒れて病院に担ぎ込まれた自分を、不安に涙を浮かべながらすがるように案じる紫都香さんに対して「大人になるということは、今まで積み上げてきたものを支えに自分の力で歩くことだ」と自分に自信を持つことを促すかのように諭します。
そして、その後の紫都香さんやさやなちゃんとの会話の中で貴樹は「大人ってたくさん知ってる人じゃなくて、大事なことをわかっている人のことなのかな」と語り、紫都香さん達との経験を経ての大人としての成長を見せてくれます。
これらのように経験を重ねることによって得られるものは何か、大人になるというのはどういうことかという、いわば永遠のテーマとでもいうべきことにひとつの答えを提示して人生の指針にさえなりうる深い言葉もこの作品の中では語られています。
高い画力と構成力を持ち、ほどよい長さの物語に触れてほしい
女性キャラクターは可愛らしく男性キャラクターは格好良い絵柄でより魅力的に、泣いたり笑ったりコーヒーを淹れたり等の表情や動作でキャラの感情をよりわかりやすく、更にはカフェ等の背景もその場の空気感を感じさせるように高い画力と構成力で描かれていることもこの作品の魅力です。
それらとともに様々な要素と魅力を高い水準で兼ね備えたこの作品ですが、残念ながら昨年の末に最終五巻が発売されて完結を迎えています。ですが単行本五巻というのは
長すぎず短すぎず、読むにも買い揃えるにもほどよい分量ではないかと思います。
この丁寧に淹れたコーヒーのような優しく温かい物語に、より多くの読者が触れて楽しんでくれることを願っています。
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