あさのあつこ先生の『バッテリー』という児童文学作品を覚えている方は多いのではないでしょうか?
2020年末に柚庭千景先生のコミカライズ版の連載が4年ぶりに再開され、長年のファン達から歓喜の声を挙がりました。
また、2016年にもノイタミナにてアニメ版が放送される等、根強い人気を誇る作品です。私もまた、まだ当時小学生だった時代に出会い、その魅力に取り憑かれた一人です。
そんな『バッテリー』の長年のファンである私が感じた魅力を、少しだけまとめてみました。
あらすじ
天才ピッチャーと称される原田巧が、母親の実家である岡山県の新田中学校に入学し、野球部のチームメイト達との交流を中心に成長していく青春物語です。
タイトルの通り「バッテリー」が主題となり、キャッチャーである同学年の永倉豪との絆を深めていく場面が繊細に描かれています。
また、巧と豪を取り巻くチームメイト達、監督や教師、家族にもそれぞれ焦点を当て、ストーリーが展開されていきます。岡山の美しく、どこか寂れた景色も印象的です。
巧というキャラクターは、自身の才能ゆえにプライドが高く、孤高な少年です。母親にすら利き腕を触らせないという徹底したストイックさは、とても十ニ歳とは思えません。
それだけに周囲の反発も大きく、特に新田中学野球部に入部した際には、先輩にも生意気な態度を貫き、軋轢を生みます。
巧の才能と、それを突き付けられる豪を筆頭とした「凡人」の構図は、いつの時代にも共通する虚しさを感じさせます。
しかし、巧の祖父である洋三や、野球部の監督を務める戸村(通称オトムライ)といった大人たちは、彼の天才ゆえの脆さを見抜いています。
つまり、巧は挫折を知らない。そのために、一度負けを味わってしまったら崩れてしまう可能性を秘めていたのです。
それは野球部のキャプテンである海音寺が組んだ、横手中学校という強豪校との練習試合で明るみに出てしまいます。天才打者・門脇秀吾率いる強力打線にあっさりと打ち崩されてしまうのです。
横手中学との試合で挫折を味わった巧は、相棒である豪とぶつかり合いながらも、自らに立ち向かいその壁を乗り越えていきます。
ラストシーンでの巧の心境の変化は、物語の前半の彼と比較して読んでいただきたいです。他人との関わり合いの中で変化し成長していく少年たちの姿は、何年経っても色褪せることがありません。
見どころ㈰テンポの良い会話、リアルな距離感
この作品の魅力の一つは、巧たちの会話のテンポの良さです。それぞれのキャラクターの個性を際立たせ、ユニークな言葉のキャッチボールが飛び交います。
特に巧と同学年の吉貞や東谷、沢口といったいわゆる「サブキャラクター」達の年相応のやりとりは、緊迫した場面を緩める役割を果たしています。
私が特に好きなものは、巧とともに試合に出ることとなった豪の「おれはオマケじゃ」という謙遜に対し、東谷が返した言葉です。
「ばか、バッテリーにおまけもふろくもあるかよ。おまえがいないとだれに向かって、ボール投げるんだ」。
同学年で頭ひとつ抜けてスタメンを勝ち取ったチームメイトに、こんな言葉が掛けられる懐の深さ。
そして「おまけもふろくもあるかよ」と咄嗟に返せる機転。一気に東谷のことが好きになってしまった場面です。私だったら悔しくてこんなことは言えません。
また、ライバルである横手中学の会話もユニークで思わずクスリとしてしまいます。
あさのあつこ先生といえば、『テレパシー少女蘭』『THE MANZAI』等、他の著作でもテンポの良い会話が印象の作家です。
方言の使い方も効果的で、耳に残る台詞が多く、読みやすいテンポが特徴といえるでしょう。
また、タイトル通り、野球がテーマとした作品ゆえに、チームメイトやプレー場面ばかり注目しがちですが、巧の弟・青波とのやりとり等も重要な役割を果たしています。
青波は体が弱く、すぐに熱を出してしまうため、過保護なほど母親に心配されています。兄である巧に憧れて野球を始めますが、巧の突き放した言動や母・真紀子の反対に遭います。
それでも「野球が楽しい」といきいきと語る青波に、周囲は段々と大切なことを学んでいくのです。
弟に対して冷たい態度を取っていた巧も、岡山での生活の中で柔らかく自由に生きる青波の姿に、少しずつ影響を受け始めます。
『バッテリー』では、こういった思春期の少年特有の家族との距離感や、友人には見せない態度を示す場面がとてもリアルに描かれています。
あさのあつこ先生自身もお子さんがいらっしゃるので、自らの経験を作中に投影したのかな?と感じます。
見どころ㈪瑞垣俊二という男
様々なキャラクターが登場する本作ですが、私が一押しするのは瑞垣俊二という少年です。
天才打者の呼び声高い門脇の幼なじみであり、横手中学野球部のチームメイトでもある瑞垣は、一見軽薄で大人びた印象を受けます。
しかし物語が進むにつれ、彼の複雑に絡まり合った胸中が明かされていくのです。
まず、門脇に対する劣等感。これは巧と豪の構図にとても似ています。天才が隣にいて、自分の平凡さを痛感すること。
けれど、瑞垣のコンプレックスはさらに根深く、門脇と関わり合うこと自体を放棄してしまっています。
もちろん表面上は仲の良い幼なじみとして付き合っていますが、裏では「うざい」「いない方がいい」と吐き捨てる場面が多々見受けられます。
しかし、海音寺に「門脇のこと、嫌いなんか?」と指摘された際には言葉を濁すのです。
瑞垣にとって門脇とは何なのか?野球や門脇に折り合いがつけられない瑞垣がもどかしくてなりません。
読み進めていくにつれて、彼の混沌とした感情に共感したり、聡明ゆえの孤独に悲しくなったりします。とにかく生きづらそうなキャラクターです。
『バッテリー』のスピンオフ的な作品である『ラストイニング』では、高校に進学した瑞垣を主人公とした物語も楽しめます。
どのジャンルからでも手が出せる!とにかく読んでください!
さて、見どころを三点に絞って書いていきましたが、『バッテリー』はまだまだ書ききれないほどの魅力が詰まった作品です。
少年たちの感情のぶつかり合い、嫉妬や諦め、夢や現実に対する洞察。それらを彩る四季の描写や、大人たちの生き方。あえてこの作品にないものを挙げるとするなら、恋愛要素だけでしょうか。
原作自体は2005年に完結していますが、すでに述べたとおりコミカライズ版の連載再開やアニメ放送など、再びバッテリーブームが来るのでは?とひっそり期待しています。
林遣都さんが主演を務めた実写映画もありますので、どの媒体でも楽しめます。
原作はもちろん、コミック、アニメ、映画で少しでも『バッテリー』の魅力を感じていただけると幸いです。
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