ドラゴンボールと言ったら、誰もが知っている面白いマンガのひとつです。
ピッコロやベジータ、フリーザとの闘いは読んでいるといつまでも見入ってしまいますし、物語の序盤から終盤まで、一貫して面白いというのも、このマンガの良さのひとつだと思います。
しかし、具体的になぜ面白いのか、そこから何を学ぶ事ができるのか、という事になると、考えてしまう方も多いのではないか、と思います。
ここでは、悟空はなぜ敵を仲間にできたのか、物事を数値化する面白さ、悟空はなぜ強いのか、といったテーマに焦点をあてながら、ドラゴンボールのもつ面白さについて、考えてみたいと思います。(ネタバレあり)
なぜ悟空は次々と敵を仲間にできたのか
ドラゴンボールの特徴として、死闘を繰り広げた敵を仲間にしていくというポイントがあります。
それぞれの激しい戦いは、それだけで見ていて面白いものがあるのですが、その時の敵が仲間になって、次なる敵と戦うという方式は、わくわくするような魅力をもっています。
このように敵が仲間になるという形式は、お決まりのパターンで見慣れているものではあるのですが、それでも、実際に読んで体験するとやはり面白いのです。
仲間になった敵を見ていくと、ヤムチャ、クリリン、ピッコロ、ベジータ、18号、魔人ブウ、と少し考えただけでも、これだけの敵が仲間になっています。
では、なぜ主人公である悟空は、次々と敵を仲間にしていく事ができるのでしょうか。そこに、悟空のもつ性格の良さ、何にでもあっけらかんとしていて、懐が深く、戦いが終われば、敵に賛辞を贈るといった性格の良さが、表れているのではないかと思います。
悟空は、絶対悪であるピッコロさえ、その良心を信じ、仲間に入れるという度量の深さを持っていますし、悪党以外の何物でもないベジータでさえ、戦いの終わりには逃がしてしまいます。
世界を恐怖の底に陥れた魔人ブウも例外ではなく、最終的には、仲間にしてしまいます。
では、悟空はどうして悪である敵を改心させ、仲間にしてしまう事ができたのでしょうか。それは、悟空がどこまでも一直線で、戦いの事しか考えていないからだと思います。
戦いの事しか考えていないから、戦いが終われば、笑顔で相手の凄さをほめる。戦いの事しか考えていないから、同じように戦いに興味のある相手は、自然と仲良くなる。
このように、悟空は、自分の戦いにかけては、どこまでも改良を加え、信念を貫き、技を鍛えていくというスタンスを取っており、戦いが終われば、敵も味方もなし、というその姿は、戦いに興味のある人物なら惹かれてしまう自然な良さがあるのではないか、と思います。
このように、悟空が戦いにのめり込んでいるから、興味のある仲間が集まってくる、という事実には、勝負の後では敵味方なし、というとてもさっぱりとして分かりやすい、そして魅力のある形式が表れているのではないか、と思いました。
戦闘力など物事を数値化する面白さ
何かを数値化して表すという事には、なにがしかの面白さがあるような気がします。
目に見えない漠然としたものを理解し、それを関係性の中に放り込むと、相対的に数値が出てくるのではないか、と思うのですが、物事を数値で表すと、それをよりよく理解できると同時に、そこには面白さも表れてきます。
例えば、学校の偏差値も、数値として表される事によって、自分の今いるレベルが理解できると共に、もっと数値をあげてやろう、という意欲もわいてきますし、自分の現在地を適切に把握する上で、学力を数値化する事は、とても便利で面白いのではないか、と思います。
また、ランニングなどのトレーニングをしている方は、カレンダーにトレーニングを行った日付を数値化して記録していくと、自分がサボっていないか、自分がどれだけ頑張ってきたか、目に見える形で把握する事ができますし、とても便利であると同時に数値を増やしていく面白さもあるのではないか、と思います。
このように、物事の数値化には、便利さと面白さの両方を兼ね備えたとても良い側面があると思うのですが、それを戦闘力という尺度で表したこのマンガのアイディアも面白いと思いました。
バトルマンガでは、誰が強くて誰が弱いのか、といった事が、物語を進めていく上で大きな比重を占めていると思うのですが、それを単純な数値で表す事で、対立関係が明確化し、強さを分かりやすく表す事ができるので、とてもよくできたシステムだと思いました。
物語の終盤になると、戦闘力の数値化も無くなってしまうのですが、初めから終わりまで数値化を行っていたら、また別の面白さがあったのではないか、と思います。
悟空はなぜ強いのか。その強さの秘密に迫る
物語序盤から最後まで主人公は悟空であるといっても過言ではない、と思います。
個性の強いキャラクターが多数登場する中で、その中でも魅力を失わずに強さを発揮する悟空の姿には、逞しさの他に、爽快感すらあります。
では、なぜ、悟空はあらゆる登場人物の中で一番強いのでしょうか。それは、サイヤ人の特徴である、大きく疲労すると強さが増えるという性質が挙げられると思います。
悟空は、数多くの難敵との戦いの中で、大きく疲れ果てるまで、限界まで力を出し切って戦います。そして、サイヤ人には、大きく疲労すると力が増したり、大きく成長して強くなるという性質があります。
これによって、悟空は、数多くの戦いの中で、成長を遂げ、強くなる事が出来たのではないか、と思います。
しかし、これを我々普通の人間に当てはめて考えてみるとどうでしょうか。
我々も、マラソンで体を鍛えれば、その分だけ、体力を付ける事ができますし、ボクシングの練習でもパンチ力を鍛えれば鍛えるほど、強くなる事ができます。
つまり、我々人間にも、サイヤ人と同じ性質が宿っていると言えるのではないか、と思います。
練習に練習を重ねれば、そのスポーツに強くなったり、身体が丈夫になるというのは、運動する事のメリットのひとつですし、それは、一般的に誰にでも当てはまる事です。
スポーツを体験する事で、自分の身体が鍛えられる過程を体験すれば、悟空が強くなっていった理由を経験的に理解できるのではないか、と思います。
このように考えれば、悟空が一番強い理由、トレーニングと戦いを通して、自分を大きく鍛えていった、という理由が分かるのではないか、と思いました。
しかし、よくよく考えてみれば、このようにして体を鍛えているのは、悟空だけではありません。数多くの仲間も、同じように修練に励んでいます。
それでは、なぜ、悟空がその中でも一歩抜きんでる事ができたのかというと、それは、先ほども言いましたが、悟空が戦いに対して、純粋な興味とそれに熱中する意欲を持っており、それしか考えていないがゆえの強さがあるのではないか、と思いました。
何事にも意欲をもって取り組めると、それだけ成長も早いですし、得る物も多くあると思います。
個人的には、悟空は、そのようにして強くなっていき、最も強い存在になる事が出来たのではないか、と思いました。
性格の良さが物語の良さをつくる
このように、様々なテーマを考えていきました。
悟空が、主人公足り得た理由は、一言でいえば、性格がよかったからではないか、と思います。
性格がよかったから、敵を仲間にする度量を発揮する事ができ、性格がよかったから、鍛錬に励み、一番強くなる事ができたのではないかと思います。
要は、悟空という人物の性格がよかったから、物語は楽しいし、強くなれたし、仲間も増えていったのではないか、と思います。
そして、性格から派生する行動やどのように振る舞うか、という事は、誰もが自分で決める事ができる部分であり、誰にでも平等に選択肢が与えられているからこそ、良い方向を選んで進んでいく事ができるのではないか、と思います。
つまり、誰でも良い人間になろうと思えば、なれるのです。ここに、人が生きていく上での救いがあると思いました。
人生に苦しくなったら、悟空の物語を読めば、きっと肩の荷が降りて、明日も頑張ろうと思えるのではないか、と思います。
ドラゴンボールは良いです。物語が良いです。子供だけでなく、大人も、悟空のような生き方からは、学べるものがあるのではないか、と思いました。
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